楊朱(ようしゅ)という人物に纏わるエピソードである。この人物は紀元前四世紀の思想家であった。
あるとき楊朱のところに隣人が手助けを求めてきた。羊が一匹逃げて捕まえるのに手が必要だということだった。たった一匹の羊のために隣家に手助けを求めるとは不審だと思った楊朱が隣人に理由を尋ねると
「逃げた方向には分かれ道が多くて」
という答えであった。了解した楊朱は手助けを貸した。
追跡した一行が戻ってきて首尾を聞くと
「やっぱり逃げられてしまいました」
という答えだった。これを「多岐亡羊」という。それを聞いた楊朱は
ー大道は多岐をもって羊を亡(うしな)い、学者は多方を以って生を喪(うしな)う
と歎いたという。学問の道も分れ道が多く、どちらに向かえばよいのか思案にくれることがある。
これが「亡羊之歎」である。
「中国名言集:弥縫録」より。