核禁条約きょう発効:世界各地で行動を計画

今朝の新聞の記事のタイトルである。

核兵器の保有や使用、使用の威嚇などを包括的の禁じた核兵器禁止条約が22日に発効し、核兵器は国際法の下で初めて違法となる。

米ロ英仏中は条約敵視の先頭に立っているが現在の条約への署名は86カ国、批准は51カ国にのぼっている。第一回締約国会議は条約を推進していきたオーストリアのウィーンでの開催を目指している。

日本は核を保有する国と非保有国との「橋渡し」の役割を果たすとして条約には批准していない。条約を推進してきた国々の信頼を得られない「橋渡し」役は結果的には条約締結の足を引っ張ってきていることになる。

人類最古の動物の壁画がインドネシアの洞窟で見つかる

Newscientistの記事である。

少なくとも45000年前に遡る人類最古の動物壁画がインドネシアの洞窟で発見された。

画像はここで。

発見された石灰岩の洞窟はスラワェシ島の Leang Tedongngeにあるもので三頭のブタの壁画である。

この洞窟の存在は地元の人々も知らなかったものだという。

ブタの壁画は各々1メートル程度のもので赤色のオーカー(含水酸化鉄を呈色成分とする鉄の酸化物で,黄土色や黄褐色絵の具の原料)を使って描かれている。

このブタは正確にはこの島の固有種の野生イノシシで当時の狩猟民にとっては大事な食料であったはずである。

 

平城京の毘盧遮那仏とボロブドール遺跡

平城京の毘盧遮那仏(奈良の大仏)とジャワ島ボロブドールの巨大仏教建造物は共通点がある。

どちらも巨大仏教建造物であり、建設時期は8世紀ごろと時代も同じである。平城京の毘盧遮那仏は国家安泰を祈願するために作られたが、ボロブドールの巨大仏教建造物は仏舎利、霊廟、寺院などの可能性が挙げられている。

8世紀という時代は仏教が東アジアで最も隆盛な時代であったのかもしれない。それにしてこれらの建造物を建設した支配者の権力は計り知れないほど強大だ。

イヌの家畜化は偶然の産物?

Newscientistの記事「イヌの家畜化はヒトが余分になった食料をオオカミに与えたことによる偶然の産物」より。

イヌは狩猟民によって家畜化された唯一の動物である。他の動物は農耕が始まってから家畜化されたものである。しかしイヌは何時、どのようにして家畜化されたのかは不明である。

イヌのDNAの解析からイヌは27000年から40000年の間にオオカミから別れて進化したことが分っている。イヌの埋葬遺物の最古は14200年でありこれ以降イヌはペットとしての役割を持ったことになった。

しかしこの家畜化はヨーロッパで起きたのか、アジアで起きたのか、それとも多地域で起きたのかもはっきりしない。

イヌの家畜化には狩猟の手助けのために行ったという説やオオカミが餌を求めてヒトの残飯を漁っているうちにヒトに慣れた結果であるという説などがある。

Maria Lahtinen (Finnish Food Authority in Helsinki )たちは肉の過剰がイヌの家畜化を理解するキーであると示唆している。

イヌはユーラシアの北部の大半が氷床に覆われた今より寒冷な時代に家畜化されている。この時代はオオカミとヒトは食物連鎖の頂点にあり食物を巡り競争者であった。

オオカミは蛋白質だけを含む肉だけで数ヶ月も生存できるが、ヒトはそうでない。ヒトは脂肪のような他の食物も摂取しなければ生存できない。

研究者たちは北極地域で捕食動物から得られる肉の量を計算してみた。当時はヒトが消費する肉以上が得られることが示唆された。ヒトは消費できながオオカミは消費できるという訳である。

狩猟民たちは両親を失ったこどものオオカミあたりを肉を与えたりして最初はペットのようにしたのではないか。その後この動物は狩に有能であることから本格的なイヌの家畜化が起きたと研究者たちはみている。

花びらの細胞 色とりどり:アジサイ驚きの発色

今朝の新聞のタイトルである。

アジサイの花色(花びらではなくがく片の色)は土壌の酸性度が影響することが知られているが、なぜ?

紫色のアジサイの花びらを顕微鏡で観察すると、青、紫、赤の色とりどりの細胞が集まって全体として紫色に見えていることが分る(名古屋大学・吉田久美教授たちの発見)。つまり、赤や紫の花色はこの三色の色細胞の混合の仕方によるという訳である。

しかし一つ一つの細胞は同じ遺伝子を持ち隣接する細胞は同じ環境にあるのに細胞の色が違う。なぜ?

色細胞に発色に関わっている成分は色素のアントシアンと3種類の助色素、そしてアルミニウム・イオンと分っている。

吉田さんたちは細胞の色が青いものはアルミニウム・イオンの量が多くなること、3種類の助色素のうちの二つの5-アシル化キナ酸が多いことを発見、試験管の中で再現した。

これで個々の色細胞の発色の機構は解明できた。それでは同じような環境にある色細胞がなぜ色を変えるのか?多分これは個々の細胞の機能ではなく細胞の集合体に関わる機能の問題であろう。今後の研究が楽しみである。

 

sakura.net mail + sylpheed

sakuraレンタルサーバのメール配信機能を使ってメールの送受信をするクライアントにsylpheedを使うときのメモである。特にSSL(Secure Sockets Layer)化に注目した。

サーバ側の設定:
sakuraのレンタルサーバの初期ドメインには共用SSL(無料)が設定できるのでそれを使う。

sylpheed側の設定:
受信(pop3):pop3の受信にSSLを使用(ポート995)

送信(smtp):SSLセッションの開始にSTARTTLSコマンドを使用(ポート 587)

以上でメールの送受信がSSL化される。

なおさくらレンタルサーバのメールボックス仕様の説明はここが最も分りやすい。

 

レコード人気じわり復活:生産台数、10年で12倍

今朝の新聞のタイトルである。

CDの登場で低迷していたレコードの人気が復活しつつあるという話である。

日本レコード協会によれば1970年代が全盛期で年間約2億枚を生産していた。CDの登場で2000年代には年間約20万枚に激少した。そこから増加に転じ2019年には約122万枚まで盛り返した。

60年以上にわたりレコード製造を続けている「東洋化成」(東京)は「レコードの日」の11月3日に会わせてレコード会社約30社や販売店と協力してイヴェントを開催する。

我が家でもTechnics SL-1200MK3Dというレコードプレイヤーが現役で動いている。

 

The Lost Romans:ルーマニア(Romania)の歴史

ルーマニア(Romania)の歴史を知りたくて”The Lost Romans (History and Controversy on the Origin of the Romanians)”(Mircea Davidescu著)を読み始めた。

1.紀元二世紀ごろローマ帝国は南東ヨーロッパに大規模な植民をした。これら人々の後裔がルーマニア(ローマ人の国)の文化的・人的構成要素を作っている。ローマ軍の駐留は200年弱であり同じようにローマ軍が駐留したイングランドがラテン化しなかったことと対照的である。多分当時のダチア(ルーマニアの古い呼称)を含め古ヨーロッパといわれた地域はヨーロッパの先進地域でローマの文化を理解し吸収する素地を持っていたのであろう。ローマ帝国崩壊後もこれらに人々は自分たちをロマーニア人(Romanians)と自称し、周囲のゲルマン諸部族と区別してきた。

2.ルーマニア語はラテン系の言語である。これはルーマニア人(Romanians)の由来を考えると自然なことである。しかしルーマニア語は言葉の構造はラテン系であるが、語彙の約40パーセントは非ラテン由来である。面白い例では神(Dumnezeu)、教会(biserica)、十字(cruse)などのキリスト教の基本概念はラテン語由来なのに対して、神父(popă)祝福(blagoslovire)、僧(călugăr)、四部ゴスペル(tetravanghel)などの教会組織に関わる言葉はスラブ語やギリシア語由来である。

3.ルーマニアの宗教はキリスト教の中の正教(Orthodox Church)である。これはラテン系の言語を話す国の全てがカソリックであるなかの例外である。これは四世紀に正教を国教としたコンスタンティノープルにできたビザンチン帝国からの文化的な影響が考えられる。

 

今年(2021年)の節分は二月二日

節分は立春の前日であるが、今年(2021年)は二月二日がその日である。これは124年ぶりのことだという。

立春は太陽暦では固定された日のように思われるが二月四日であったり二月三日であったりと規則的であるが微妙に動く。ここ暫くは二月四日であったが今年は一日早い二月三日になり、暫くは三日が続く。二月五日になることもある。

江戸時代には立春のあるべき月も決まってなかった。例えば「天保暦」では「歴日中、冬至を含むものを十一月、春分を含むものを二月、夏至を含むものを五月、秋分を含むものを八月とする。」(能田忠亮著「暦」(至文堂:昭和41年)となっており立春のあるべき月の規定がない。

以前にこのブログでも話題にしたが「立春正月」という言葉がある。江戸時代の暦では立春が元日前後になることをいった言葉である。元日が立春の前になることもあるし後になるもあった。