騎馬民族国家説のその後

江上波夫氏が提唱した日本国家の起源は騎馬民族であるとする説は戦後直後に出されたものである。これから60年ほどたった訳であるが、この説はどのような位置づけで現在は議論されているのであろうかと思って調べている。
考古学からの纏めたものとしては、「騎馬民族説の考古学」(中村潤子著)[馬の文化叢書一古代 埋もれた馬文化:1991年)がある。結論的には、古墳時代の前期と後期との副葬品の違いは文化の連続的な変化として捕らえるにはあまりのも大きな変化であり、不連続的な、革命的なものであるとしている。高句麗あたりからかなりの馬・馬具・馬の技術者が日本に招来されたことは事実だとしている。しかし、これをもって当時の日本が騎馬民族によった征服されたことを示したことにならないとしている。
馬・船・常民」(網野善彦・森浩一箸:1992年)では、「征服されたか」「しないのか」が重要なことではなく、この馬に象徴される文化が当時の日本に怒濤のようにもたらされたことが重要だとしている。重要な理由は、この馬の副葬品が多く出土するのは関東であり、このことは当時「騎馬軍団」が関東に誕生したことを示唆しているし、また、このことが東国の武士の起源にも繋がることにある。