これも「街道」にあった話である。讃岐街道は四国の東端から屋島に通じる街道である。
屋島に陣取っていた平家の軍勢に対して海からではなく、山側から奇襲をかけたのが義経である。撫養(むや)街道の板野から北上する讃岐街道は大坂峠という難関がある。この大坂越を雨を突いて進撃した義経等150騎はこの峠を突破して瀬戸内海に出て屋島に出たという。摂津の渡辺津から義経がとった経路はここで見れる。
街道というものは人や物は通るものであり、人が登場するがその街道を使った人のいろんなエピソードが面白い。
これも「街道」にあった話である。讃岐街道は四国の東端から屋島に通じる街道である。
屋島に陣取っていた平家の軍勢に対して海からではなく、山側から奇襲をかけたのが義経である。撫養(むや)街道の板野から北上する讃岐街道は大坂峠という難関がある。この大坂越を雨を突いて進撃した義経等150騎はこの峠を突破して瀬戸内海に出て屋島に出たという。摂津の渡辺津から義経がとった経路はここで見れる。
街道というものは人や物は通るものであり、人が登場するがその街道を使った人のいろんなエピソードが面白い。
これも「街道」(杜山 悠著)に出ていた話である。
海賊の話である。瀬戸内海は海賊の活躍したところである。「村上水軍」がその一例であり、近くには九鬼水軍(くきすいぐん)がいた。
今は瀬戸大橋が架かり面影が無くなっているが、児島半島の先端にある下津井(しもつい)港から四国の丸亀までは塩飽(しわく)諸島を縫って海上航路が開かれていた。この塩飽諸島は海賊の本拠地であった。表題の北畠師清(もろきよ)もここで活躍した人物である。
かれは南北朝時代の南朝の武将北畠顕家の落胤と自称し、伊勢の海から備讃瀬戸に入り塩飽海賊を手下にし、その勢いで村上水軍の総師になったといわれる人物である。海の歴史も面白い。
今日の新聞の読書欄に表題の写真集の案内が載っていた。
プロ、アマの区別なく自由なテーマで応募できる写真展「視点」。その2020年入賞・入選作品を収録した写真集である。その一部はここで見られる。今回視点賞を受賞したのは組写真「止まったままの時計ーフクシマ」(「6人の目の共同制作で、モノクロ写真6枚)である。新聞ではその内の1枚(本木進撮影)の相馬の馬の写真が掲載されていた。何かをうったえるような硬い馬の表情が印象的な写真である。この組写真は6人が9年前から記録してきた中から生まれた作品の由。
「街道」を見て見ていたら「荒木村重」という人物が登場する街道が紹介されていた。それが表題の西国街道攝津路である。伊丹市から西宮に向かう街道である。その街道沿いに伊丹城(跡)がある。この城の城主だったのが荒木村重だった。
荒木村重は現代のわれわれからみると理解し難い行動をした戦国大名である。その行動は「下克上」が普通であった戦国時代の潮流からかもしれない。そこから荒木村重は本能寺の変の首謀者だったのではないかという説も生まれている。
農林水産省が検討を進めている「飼養衛生管理基準」の改定案が畜産農民の中に不安を広げているというニュースが今朝の新聞に載った。
家畜伝染病が発生した際の「放牧中止」などの項目である。農民運動全国連合会も意見書を出した。その中で肉用牛の繁殖雌牛の17パーセント、酪農での飼養頭数の23パーセントが放牧であり、この中止条項の影響は大きい。放牧は耕作放棄地の解消や森林・農地の維持に大きな役割を果たしており、放牧が家畜伝染病の感染リスクを高めるという科学的な根拠は示されていないいう。
また記事は「放牧の中止はSDGs(持続的開発目標)やアニマルウェルフェア(動物福祉)を進めている国際社会の流れに逆行する」(畜産農民全国協議会の会長の森嶋氏の発言)という発言も載せている。
これらの運動があって「放牧中止」の項目は改正案から削除されることになったが、図らずも役所の現状認識や世界的な潮流に対する認識不足を露呈する結果となった。
神田日勝(かんだにっしょう)という夭折の画家がいた。名前は以前から知っていたが、かれの絶筆となった作品が「馬」という題名の作品である。
昨日の新聞に「大地への筆触」というタイトルで回顧展の記事が載った。かれの父親が拓北農民隊として家族で北海道に疎開、1945年に十勝平野、鹿追村で暮らし始めた。かれは農業を引き継ぎ、傍ら絵を描き始める。しかし1970年には体調不良、32歳の若さで他界した。
かれの遺作の「馬」という作品がある。この作品以外にもウマをテーマにした作品があるが、この遺作の「馬」が画家と馬の精神的距離が一番近いように思われる作品である。
演歌のジャンルに入る音楽CDを一枚だけ持っている。それが北原ミレイが歌う「石狩挽歌」である。この歌は普通の演歌にはない歌詞でできている。作詞はなかにし礼である。
歌詞は:
海猫(ごめ)が鳴くから ニシンが来ると
赤い筒袖(つっぽ)の やん衆がさわぐ
雪に埋もれた 番屋の隅で
わたしゃ夜通し 飯を炊く
燃えろ篝火 朝里の浜に
海は銀色 ニシンの色よ
ソーレン節に 頬そめながら
わたしゃ大漁の 綱を尭(ひ)く
と続く。作曲は浜 圭介。いろんな歌手が歌っているが、この曲を最初に歌った北原ミレイがいい。
グラフィックスユーザインタフェース(GUI)の部品(ウィジェット)にスピン・コントロールというものがある。整数値を1つ表示する表示窓があり、その脇に上向きの矢印と下向きの矢印があり。上向きの矢印をクリックすると表示は増加し下向きでは減少する。このようにして整数値を選択できるようになっている。スライダーがアナログ的なのに対して、これはディジタル的なものである。
このスピン・コントロールの動きを見ていたら回転式住所録を思い出した。画像はここにある。