土御門神道:占星術の日本的変容

「星の宗教」(吉田光邦著)を読んでいたら以下のような叙述に出会った。

「慶長六年正月、(安倍)久脩が国家鎮護、玉体安穏のため泰山府君蔡をおこなった。ついで八年二月、こんどは徳川家康のために天曹地府蔡をおこなった」

安倍久脩は中世の陰陽師安倍晴明の子孫で絶えていた陰陽道の復興と再組織化をはかった人物である。「道教の神々」(窪徳忠著)によれば、泰山府君は泰山を神格化したものである。泰山府君、天曹、地府は中国占星術に出てくる星である。

安倍晴明は中世の陰陽寮の長官であり、陰陽寮は律令制のなかで「占い」などの非合理的な色彩の強い職制であった。久脩の時代になって、国家鎮護、玉体安穏といった密教が唱えるような目的を掲げるようになり、宗教的な色彩を持ち始めた。この流れが神道に繋がった。それが土御門神道(つちみかどしんとう)となった。