観音による救済の願いが強くなり、多義に渡ってくると観音像も次第に複雑になる。その初めのものが十一面観音である。
十一面観音に対する信仰は奈良時代後期なると次第に盛大になった。この時代の造像のものが現在でも多くの残っている。美江寺、聖林寺、観音寺、大安寺。
平安時代にも天台密教の中で十一面観音の信仰が受け継がれていた。そのため比叡山内の僧房の本尊として作られたものも多いという。
地方では滋賀県渡岸寺(とがんじ)の十一面観音が有名。
「お水取り」で知られる東大寺二月堂の秘仏も十一面観音である。「お水取り」は十一面観音悔過(けが)という行法で、悔過(けが)とは仏に過ちを悔いることである。そのため、祈ることは勿論、五体投地などの荒行をおこなう。この功徳によって天下泰平、風雨時順、五穀豊穣などの現世利益が達成されると考えられた。