粟(アワ)と吉備(キビ)そしてMillet

紀元前4000年ごろの金石併用時代のウクライナ周辺の考古学の本(英文)を読んでいると出土した陶器の破片に穀物の種による圧痕があり当時の栽培植物が推定できるという記述によく遭遇する。その栽培植物の一つにMillet(英語)がある。このMilletは英和辞書では①アワ(粟)、②キビ(吉備)となっている。併記されている学名がPanicum sativumとなっていることからこの植物はキビであることがわかる。

キビはインド原産であるが、アワは中央アジア、インド亜大陸などが原産地となっていてキビ以上に人類の食料として重要であったことが示唆されている、古代中国では北の地方ではアワが主食であった由。「米」という漢字も本来はアワを示す文字であったといわれている。米は華南のものであった。西から来た「米」が粟だったのかもしれない。