「職杖」(Mace)の起源

欧米では裁判官などの職の権威を象徴する職杖(Mace)を持っていることが多い。これは武器としてのこん棒(Mace)と異なった起源を持つように思われる。

“The Horse ,the whell and Language”(David W. Anthony著)を読んでいたら、紀元前5200年~5000年あたりのドニエプル・ドネツII文化(アゾフ海の北のドニエプル川渓谷やドネツ川渓谷で発掘された文化遺構)の墳墓から、磨いた石で作られた「職杖」の柄が発見されている。馬の頭部を模ったものや、十字架状のもので戦闘用とは思えないもので明らかに権威の象徴を示すものである。

磨いた石で作った馬の頭部を模った「職杖」の柄(右上部) “The Horse, the Wheel and Language”(D.W. Anthony著)より

ドニエプル・ドネツII文化はヒツジやウシの牧畜に移行した文化で、乗馬の習慣もあったと考えられている。そのような文化の特権階級の墓でこれらの「職杖」の柄が見つかっている。

これらの文化を担った人々の西への侵攻にともなってドナウ川渓谷の古ヨーロッパと呼ばれるところでも同じような「職杖」の柄が見出されるようになる。紀元前4000年あたりのころである。

これらが「職杖」の最も古いもので、これらがヨーロッパに拡がって権威の象徴としての形式となったのであろう。

 

800年前南米からポリネシアの島々に渡海

今日の新聞の記事のタイトルである。

南太平洋のポリネシアの最東部に位置するマルケサス諸島、バリサー諸島、マンガレバ諸島、そしてチリ領であるイースター島は元々ポリネシア人が住んでいたが南米とも近いために、南米の人々も渡海し、住民はこれらの人々の混血であることが予想される。

米スタンフォード大学などの国際研究グループは遺伝情報を使ってこの予想を確認した。研究グループはポリネシアの17の島々の人々、そして南米の太平洋沿岸の人々の合計807人のゲノム情報を解析した。

ポリネシアの東部の人々には南米の血が入っていることが分った由。つまり南米先住民がこれら東部の島々に渡海し、ポリネシア人と混血をなしたという訳である。渡海の時期はイースター島が西暦1380年ごろと最も最近で他の島々の西暦1200年ごろと推定されている。これらの島々に渡海した南米先住民はコロンビアkらエクアドルに住んでいた人々であったとみられている。