室生寺は土門拳が写真を沢山撮った寺であるが興味ある仏像が沢山ある。
金堂:
弥勒堂
本堂
また小さな五重塔でも有名である。
今回はデンマークの斑点の体毛を持つクナブストラッパー(Knabstruper)を取り上げる。画像はここ。
このブログでも紹介したが約三万年前にクロマニョン人が洞窟に描いた斑点の体毛を持つ馬は実在したわけだが、斑点を持つ馬は古代世界で頻繁に現れた。しかし、ここで取り上げるデンマークのクナブストラッパーは、1808年のスペイン牝馬を基礎に生産が始まった、極最近のものである。斑点を持った馬の系統は19世紀に入りスペイン馬でよく現れた。
クナブストラッパーの基礎になった牝馬はFlabehoppenという名前のスペインの牝馬であった。この馬はデンマークの判事Lunnによって食肉業者のFlabeという人物から買い取られたものであった。Lunnはこのウマからフレデリックスボルグの一つの系統を育てた。このウマは孫のMikkelを主として通じて斑点のあるウマの系統の基礎になった。
古いクナブストラッパーはがさがさした骨ばったウマであった。体色に対する軽率な生産方針の結果欠陥を持つようになったしまい現在は殆んど存在しない。新らしい型のクナブストラッパーはアパルーサに似ていて、身体的な特徴から特別なウマであるが、ずっと幅の広い体色を持っている。
アロイス ポジャイスキー:「わが馬、わが師」の中でPluto系のリピッツァナーが二頭登場する。それらはPluto Presciana II, Pluto Theodorostaの二頭の牡馬である。
オーストリアのリピッツァナーの名前は規則がある。
牡馬:まず父親の系統がくる。この二頭では二頭ともPluto系統の父親である。次に母親の名前がくる。PrescianaとTheodorostaである。
同じ名前になったときは世代番号を振る。
牝馬:母方の系統を辿って五世代前の牝馬の名前をそのまま引き継ぐ。典型的な名前が繰り返し使われることになる。
デンマークの最古のウマであるフレデリックスボルグ(Frederiksborg)を取り上げる。画像はここ。
十六世紀においてはデンマークはヨーロッパにおける華麗な乗用馬や騎兵の専用馬の主な供給源であった。それらのウマはフレデリックスボルグと呼ばれ1562年にフレデリックス二世によって設立された牧場で生産された。白馬でリピッツァナーにその名の系列の基礎になったプルート(Pluto)は1765年に王立デンマーク牧場で誕生したフレデリックスボルグであった。
今朝の河北新報に「放牧馬草原育む」という記事があった。
八幡平市の市民団体「ふるさと倶楽部」が放牧馬と一緒に草原の復元に取り組んでいる。安比高原で農耕馬を放牧しその目的は草原の復元にあるという記事である。
今年は岩手県内外から7頭の農耕馬が集まり、10月まで放牧をする。馬はササやススキを食べ、その他の植物を人の手で刈り取りことによって、森林化が進む草原を野シバやレンゲツツジの咲く草原に帰るという計画である。
今回はフィンランド・ホース(Finnish Horse)を取り上げる。画像はここ。
嘗てはフィンランド・ホースは二系統あった。一つは重量級のフィンランド・ホース(Finnish Draft)でもう一つはそれより軽量な万能フィンランド・ホース(Finnish Universal)で、双方とも見かけより能力重視で繁殖が行われた。その重量級は見かけは一様にがっしりとして強靭であるが、動作は機敏で、軽快な速歩で走る。軽い方は騎乗できるが、軽量な馬車引きに使われてきたが、より重要なものとして繋駕(けいが)競走用の用途がある。1970年代以降軽量級の万能フィンランド・ホースに重点が移ってきた。
今回のホースはノルウェーのデール・グドブランスダール(Dole Gudbrandsdal)。画像はここ。
ノルウェーの馬の半数近くを占めるデール・グドブランスダールはBritish DalesやFellポニーに似ている。これらの全ての品種は先史時代の同一の元品種から派生したものである。
この馬の原産地はグドブランスダール渓谷であり、荷駄や農業で使われてきた。この馬は速歩でのスピードで注目されていた。重い重量級の馬が温存されてきたが、より軽いDole Trotterが曳き馬競技のために開発された。1834年に導入されたサラブレッドの牡馬Odinの影響がこの軽品種には大きい。