レオナルド・ダ・ヴィンチの天文研究

世界史的にみると天文学が個別科学となるのは17世紀で「太陽系の大きさ」といった天体までの距離や天体の大きさが議論されはじめたころであると考えられる。これはコペルニクスの天動説から地動説への転回(1543年)より天文学にとっては本質的であると考える。

このような状況にあって15世紀の終わりから16世紀の初めにかけて生きたレオナルド・ダ・ヴィンチがどうような天文学の研究をしたか興味がある。この問題にたいする詳しい研究の一つに井上昭彦氏の研究がある。それによればレオナルドは「太陽の賞賛」という手稿の中で以下のように記している

「ああ 、太陽よりも人間を崇め讃えようとする人びとに論駁できるほどの 語彙が私にあればよいのだが。大きさからみても、 力からみても、宇宙に はそれを凌ぐ天体は見当たらないのから。太陽の光は宇宙に広がるすべ ての天体を照らす。 」

全てを照らす太陽が宇宙(太陽系)の中心にあることを主張している。これ以前の手稿で天体の見かけの大きさと真の大きさとの関連を議論したり、月の性質を議論している。

天体の見かけの大きさと真の大きさの関係を量的関係として把握する一歩手前まできている。

因みに天体の大きさや天体までの距離を最初に量的に把握したのは古代ギリシアの人々で、地球の大きさ、地球から月までの距離、月の大きさを観測から求めている。地球から太陽までの距離はさすがに難しく信頼できる値は得られていないが、太陽がとてつもなく大きな天体であることは認識できた。これらの知識はアラビアの科学を経て12世紀ごろからヨーロッパに知られるようになる。