僕の住む東北地方にも馬に因む地名が多い。その中で馬という漢字を最も多く含む地名は「驫木」(トドロキ)であろう。五能線(秋田能代と青森五所川原)の日本海に面した所にある。今年の春にこの五能線を使って白神山地などを見学したいと思い計画を立てているときに発見した地名である。よほど馬に関連のある所かもしれない。
「相馬」は有名である。「相馬」とは、馬市で市場で競りに掛けられた馬のコンディションを観ることで、相馬はそのような場所であった訳だ。隣接する三春(ミハル)は日本の在来馬の産地である。
ところで、相馬には妙見信仰に由来する神社が沢山ある。その数は「実に多いなあ」と思わせる数である。妙見さんは北斗七星を神格化したものであるが、これも馬に関係あるのかもしれない。一度調べてみたい。
犠牲獣と馬
日本の古墳時代の遺構からその時代に動物を生贄にした習慣があったことが知られている。その中で最も良く出土する動物は馬である(網野善彦・森浩一対談「馬・船・常民」)。
この生贄の習慣が動物埴輪に替わっても最も多い動物は馬である。このことはこの時代にあって最も身近で、最も有用な動物は馬であって、それを生贄として神々に捧げることによって神々からの恩恵を最大限えようとしたことによるとおもわれる。
時代が下るが、神社に馬を奉納する習慣が起こる。これはこの古墳時代の習慣を引き継いだものかもしれない。僕の住む仙台の大崎八幡宮には神馬を飼っていた建物が遺っている。柱に馬が咬んだ歯の痕が残っている。
神社に良く奉納する絵馬もこの流れにあるものにちがいない。そう言えば、大崎八幡宮には大きな石に線描画された絵馬がある。写真を載せておく。
馬の音声
日本では馬の鳴き声は「ヒーヒーン」が典型的な鳴き声であるが、英語圏では馬の鳴き声は四種類に分類されている。
①ウイニー(whinny):日本で言う「馬の嘶き(いななき)」である。極めて大きな叫び声である。最初は高いピッチ(約2000ヘルツにも達する)で、最初の半分ほどの振動数に落ちるなどピッチに変化が見られる。
②スクィール(squeal):大きな音で1000ヘルツ程度の音律的な音も含んでいるが、非音律的な耳障りな星雲も沢山含んでいる。
③ブロー:鼻から空気を急激律動的に噴出すことで出る。このブローは最も大きな音で、200メートル先でも聞こえる。この鳴き声はさまざまなピッチの音を含んだ短く、打楽器的で非音階的な鳴き声である。
④ニッカー(nicker):100ヘルツあたりの極めて低い音程の音である。これは柔らかな音で口を閉じた状態で生成される。
これは鳴き声というより、ネコの「ゴロゴロ」と同じようなものかもしれない。
動物の鳴き声は人間の言語と異なり、その音声の中に特別の意味があるわけではなく、特別の状況で発せられる操作音であろう。
馬と睡眠
馬の睡眠について興味ある記事を見つけた。
“How Horses Sleep” である。馬は多くは立ったまま目を閉じて睡眠をとる。床に寝そべって寝るのが最もリラックスした状態だろうから、立ったまま寝るという状態はある種の緊張状態で馬の脳は休んだ状態にないように思われる。睡眠が脳に貯まった情報をパージして脳をリセットする機能を持っていて、睡眠をとらないと死に至ると言われている。馬は脳に必要な休憩をどのようにしてとっているのだろうか。この疑問は馬の脳の構造から答えることが出来る。ヒト脳では大脳は左右両半球に別れているが、この両半球は脳梁という大きな繊維でつながっている。この脳梁は左右の機能を統合する機能を持っている。両眼視で視差情報を使って対象物までの距離を測るなどができるのもこの統合機能があるからだ。ところが馬にはこの脳梁が欠けているらしい(馬は両眼視の視差情報を使った距離感が持てないとよく言われるのと合致する)。脳の左右両半球は独立に機能するらしいのだ。馬の立ったままの睡眠では、片方の脳を使い緊張状態を維持しているのではと思われている。このようにすれば、もう半球は休憩できる訳である。鳥の脳にもこの脳梁が欠けている(渡辺茂著「鳥脳力ー小さい頭に秘められた驚異の能力」)。
馬が立ったまま睡眠をとる習性は馬が野生にあって周囲を警戒しながら睡眠をとらざるをえなかったことからくるのだとおもうが、それに見合った脳の構造を持っているのは大変面白い。
乗馬クラブにいる馬たちは最早周囲を警戒して睡眠をとる必要がないが、僕らのクラブの馬は立ったままと床に横たわる馬は半々程度だそうである。しかし、月曜日の夜(次の日は定休日)は殆ど全ての馬が横になって寝るそうだ。サラリーマン化している訳だ。馬の中にはまた居眠りを得意とする馬がいる。乗馬レッスンの帰りに緊張が緩んだのか曳き馬中に居眠りをして豪快にひっくり返ってしまった馬がいた。
馬と言えばモンゴル
モンゴルの草原で乗馬ができたらと思う。僕らのクラブでも「モンゴル外乗」というツアーがある。面白そうである。
現在のモンゴルの人々と馬の深い関わり合いの様子は椎名誠さんの「草の海 モンゴル奥地への旅」(集英社:1992年)に興味深く語られている。特に、子供たちを騎乗者とする馬の持久力競技(15kmから28kmといった距離を走る)の様子が生き生きと
述べられていて、トップになった子供は騎乗した馬を褒め称える演説をするのだと言った感動的な様子も語られている。
モンゴルという國の数奇な歴史も調味深い。チンギス・ハーンから始まるモンゴル帝国の歴史だ。
陳舜臣著「チンギス・ハーンの一族①~④」(中公文庫:2007年)を読むとその数奇な歴史がよくわかる。それにしても感心したのはモンゴル帝国では、仏教、イスラム教、キリスト教がかなり自由に共存していたことである。これは初めて知った。
椎名さんはモンゴルの乗馬で尻が鞍に当たり出血でパンツが真っ赤になってしまったようだが、その後乗馬は上達したのかなあ。椎名さんのことだから、そんなことは関係なく、バンバンと乗っているのかもしれませんね。
馬の「犬歯」
馬の歯並びが面白い。「馬の科学」によれば馬の歯並びは
3033
3033
となっている。最初の3が切歯の数、後半の3、3が前臼歯、後臼歯の数である。上顎、下顎とも同じ数の歯がある。馬の最大の特徴はこの切歯と臼歯の間に歯のない間隙(歯槽間縁という)が大きくあることである。ここにはみが入る。ここにはみを入れて馬を制御することが出来るといった偉大な発見はヒッタイト人に負う。 このような歯並びを持つ動物は馬以外にいない。
ところで、馬にも「犬歯」がある。上の0の位置が「犬歯」のある場所で、雄馬のみにある。だから上の数字の並びは雌馬で、雄では
3133
3133
となる。
先日のレッスンで騎乗した馬の歯並びを見せてもらった。「セン」(去勢)馬なので「犬歯」があったが、顎の歯並びから可成り外れたとこに大きな「犬歯」があった。こんな所にあってなんの役に立っているのだろうか、と不思議に思った。多分に進化の忘れ物であるのだろう。