馬の最高速度の変遷

競馬で走る馬は襲歩(gallop)という四節の歩様で走る。その最高速度の変遷の話題である。
馬は軽くて長い四肢を持ち、しかもその肢にはバネのようなサスペンション機構を持つ。生体力学的にみると最適化された四肢で高速に走る。その最高速度は従って品種改良や訓練では最早上げることができないほどになっていると考えられてきた。実際はどうか?Kentuky DerbyとBalmont Strakeの競馬の優勝馬の速度を1900年から2000年の100年間に亘って変遷を調べた研究がある。それを見ると優勝馬の速度は典型的には16メートル毎秒と速いが、その速度はこの100年の間殆ど変化がないしKentuky Derbyでは減少さえしている。
これと対照的なのはヒトの最高速度で、オリンピック400メートル走とマラソンの優勝者の速度を見ると明らかにこの100年の間で速くなっている。400メートル走の典型的な速度は9.4メートル毎秒であるが速度の増加は0.015メートル毎秒毎年となり、マラソンは6.05メートル毎秒で増加率は0.021メートル毎秒毎年と見積もれる。
最近になってこのような研究をより広いデータで調べた結果が出た。それによると、長距離の競馬では以前の結果になるが、短距離では馬でも確実に速くなっているという。3/4マイルの競馬などの短距離である。因みのKentuky Derbyは1.44マイルであり、Balmont Strakeは5/4マイルの競馬である。
これらの結果をどうようにみるか?

馬の非対称性歩様(Asymmetric Gaits)

馬は速く走る。しかも規則的(周期性)をもった走り方をする。その規則性を歩様(Gaits)と呼ぶ。
馬も含めて四肢を使って移動する生き物の歩様は(左右)対称性歩様と(左右)非対称性歩様に分類される。いずれの歩様も周期的な歩様である。1周期内の時間を1サイクルと呼ぶことにする。
対称性歩様(Symmetrical Gaits)は左側の二肢の動きのパターンが半サイクル後に右側の二肢に現れる。だから半サイクルずらすと左右のパターンは鏡面対称になる。典型的なものが馬の速歩(Trot)で見られる斜対歩である:

①   ②

②   ①
<速歩の肢順。同じ番号の肢が同時に地面に着く>
馬の歩様の中でこの対称性を持つものは、常歩(Walk),速歩(Trot)があり、静止(Still)も歩いていないけれどこの対称性を持つ。
ところが駈歩(Canter)にはこの対称性がない。このような歩様を非対称性歩様(Asymmetric Gaits)と呼ぶ。だから馬の速歩から駈歩への歩様の遷移は「対称性のやぶれ」である。常歩から速歩への遷移にはこの「対称性のやぶれ」はない。この点で、馬の歩様の遷移では、常歩から速歩の遷移より、速歩から駈歩の遷移が興味深い。
なぜ馬は速く移動したいときに非対称性歩様をとるのか?
インパラなどの動きをみると捕食者が現れるとホッピング(Hopping)をして敵から逃げる。ホッピングは対称性を持った歩様である。

②   ②

①   ①
<ホッピングの肢順>
瞬間的に左右にコースを変える場合でもこのホッピングを維持したまま行う。多分インパラの体重が軽いのでこのようなことができるのかもしれない。
馬も含めて体重のある草食動物が捕食者から逃れるため、左右にコースを変えたいときには慣性は大きすぎてホッピングを維持してのコース変更は困難だろう。左右のコース変更を高速を維持してできるのが馬の非対称な歩様である駆歩なのかもしれない。
駈歩(Canter)は、左右の対称性が崩れた歩様なので、右手前駈歩と左手前駈歩がある

②   ③

①   ②
右手前

③   ②

②   ①
左手前
<駈歩の肢順>
右手前は最後に動く脚は右前肢で、駈歩で四肢が地面を離れるときに右肩が下がる。だからコースを自然と右に採れる。この反対に、左手前では、コースを自然と左に採れる。
このようなことが馬が非対称性歩様である駈歩で走る理由のように思える。体重のある草食動物(象は重すぎて速歩でおわり)は高速では非対称性歩様で走り回ると思う。

ウマの家畜化は幸運の産物?(3)

野生ウマを最初に家畜化したところは何処だろうか?

大人しそうなウマを手元に置き、エサをやりそして育てるということの利益を最初に真剣に考えたのは野生のウマたちのことをよく知って人たちにちがいない。かれらは野生ウマの狩猟やそれらの行動について学ぶことに多くの時間を掛けられた場所に住んでいたにちがいない。

世界中のなかでこのような場所はウマが好んだ氷河期のステップが北半球では鬱蒼した森に変わってしまった一万年から一万四千年の間(最後の氷河期の終わり:日本では縄文海進のころ)に著しく減少してしまった。北米のウマは理由がはっきりしない気候変動に従って絶滅し始めた。ヨーロッパやアジアでは野生ウマの大きな群れはそれより小さい集団をヨーロッパの開けた草原、そしてカフカス山脈と孤立した地域に点在させる形で残しつつ、大半がユーラシア大陸の中央にあるステップでのみ生きながらえたにすぎない状況になった。

中期完新世(紀元前5000年ごろ)における野性ウマの分布図
中期完新世(紀元前5000年ごろ)における野性ウマの分布図。数は各地域のヒトの台所ゴミ に含まれるウマの骨の近似的な頻度を示す。D.W. Anthony(2007)より。

ユーラシアのステップでは、野生ウマや関連する野生のウマ科の動物(オナガー(E. hydruntinus))は草原で草を食む動物の主流をなしていた。完新世の初期のステップの考古学遺跡(中石器時代または初期新石器時代)では野生ウマは動物の骨の40%以上が普通であり、ウマは大きく肉が豊富なのでウマは食肉の40%
以上を占めていた。この理由だけからでもウマの家畜化の最初のエピソード、現生の雄ウマの系統を説明するための出来事ではユーラシアステップを取り上げなければなるまい。

馬の物語(DVD)二題

手元に馬の物語のDVDが二本ある。
一つは「ワイルドブラック少年の黒い馬」(原題はBlack Stallion)でフランシス・F.コッポラ総指揮のもので11歳の少年と黒牡馬との交流を詩的に綴ったもので画面や音楽が詩情ある雰囲気にできてる。

Black Stallion
Black Stallion

もう一つは「黒馬物語」(原題はBlack Beauty)でこちらは文字通り馬が主役で、誕生から安住の地を得るまでの様々な経験を馬の語り口で綴ったものである。

Black Beauty
Black Beauty

二本とも馬の演技が面白い。

馬は右利きか左利きか

乗馬の駈歩の発進でよくある光景は右手前の駈歩発進で左外側前肢を前に出す反対駈歩で走る馬たちがいることである。左手前では問題ない馬も右手前になると反対になることが多い。この原因は駈歩の訓練が左手前が多いことあるかもしれないが、馬の本来的な特徴なのかもしれない。
アイルランドの研究者たちはそこで40頭の未訓練の馬たちについて利き手(Handness)を調べた。実験では歩き出す肢は右か左か、障害物を迂回するとき右に回るかそてとも左か、敷き藁に横たわるとき右に倒れるのか左か、を調べた。
結果は大部分の牝馬たちは「右側」を好み、大部分の牡馬たちは「左側」を好み、約10パーセントは特に好みの方向はなかった。性差があることに興味が沸くが、イヌやチンパンジーにそれがある。
多分乗馬学校には牡馬が多いので最初のような結果になるのであろう。次に牝馬に乗る機会があったら確かめてみょう。

石器時代の馬のヒョウ柄模様

南フランスの洞窟には石器時代(約25,000年前)に居た人々が描いた動物の壁画がある。そこには興味ある馬の描画がある。写真にみるようにヒョウ柄の模様にある馬である。

ウマの壁画
ウマの壁画

このヒョウ柄の馬は当時そのような馬がいたのでそれをリアルの描写したものか、または当時の人々の想像の産物であうか?考古学者たちの間で議論がされてきた。
最近になって研究者たちは現生馬の骨とこの石器時代に生きていた馬の骨のDNA解析を行ってこの問題に決着をあたえた。
2009年に発表された9,000年から20,000年前にいた馬の骨の解析ではこれらの馬たちは青毛(black)や鹿毛(bay)(茶色の毛並みでたてがみと尾が黒色)で大変に地味であった。その後遺伝学者は現生馬の中でLeopardとして知られている馬のDNA系列のなかのLeopardの系列を特定した。それを受けて、その後11,000年から15,000年前に生きていた馬の骨のDNAが再調査された。

LEOPARD
LEOPARD

その結果はこれらの馬たちの骨のDNAにはLeopard系列に対応する系列が存在することを見出した。つまりこの当時生きていた馬たちはleopardで人々はその姿を洞窟に壁に描いたと結論された。

E. przewalskii vs. E. caballus

1960年代に唯一の野生馬として発見され、各地の居留地で飼育されその後計画的な繁殖が行われたプルツェワスキー馬(E. przewalskii)は1994年に16頭が野生に放たれ現在はその数が100頭までになっている。
ところでこのプルツェワスキー馬と現生の家畜馬(E. caballus)とはどのような関係にあるのか。これは盛んに議論されてきたがまだはっきりとした結論がでていない。現生の家畜馬は元々は野生の馬で、6000年前に人間と接触し家畜化の道を選んだ馬たちの後裔である。
この二種類の馬たちは異なった数の染色体を持っていることが分っているが、この馬たちはほぼ同じミトコンドリアDNAの系列を持っているので品種の違いにすぎないと示唆されきた。
ところが2003年にドイツの研究者たち(元の論文はここ)プルツェワスキー馬のY染色体に同定された部分の種ごと変動を調べ、現生馬とプルツェワスキー馬は12万年から24万年まえに分かれた種であることを突き止めた。家畜馬は6000年前の野生馬だから、この二種の馬は品種の違いすぎないという議論は成り立たないことになる。研究者たちはプルツェワスキー馬はシマウマやロバと近親種であることを示唆している。

馬乳(mare’s milk)

日本では馬肉を食べる習慣があるが、馬の乳を飲む習慣はあまり聞いたことがない。
ところがドイツ、ベルギー、オランダそしてノルウエーでは馬のミルクは大変に人気のある飲料で、ドイツでは各戸配達される商品にもなっている。値段はかなり高く、250mlで12ユーロ(約1200円)もするが、馬のミルクは牛乳より薄めであるが甘みは強くスイカのような香りがするらしい。
一方、馬の肉を食べることはフランス、イタリアなどラテン語系の国では盛んであるが、英語圏ではこれはタブーとなっている。
また、中央アジアのモンゴルなどと馬を飼育している国では馬乳をアルコール発酵させた馬乳酒が造られ飲料されている。アルコール濃度は1パーセント程度であるのでモンゴルでは誰でも飲んでいる飲料である。

ムスタングの過剰繁殖

米国西部にいる「野生馬」のムスタングの過剰繁殖が問題になっている。
元々はスペイン人のアメリカ大陸進出に伴なって持ち込まれた家畜馬だったが野生化したものである。米国西部のネバダ州などの砂漠地帯に生息しているので、食料となる草が乏しくかなり過剰繁殖である。食料を求めて牧場運営の人間とのトラブルが起きている。またトラックが落としたアルファルファを求めて道路に進出し交通事故死する馬もある。
これ以上数が増えないようにする対策は馬を捕獲して不妊治療を施して再度野生の戻すことだが費用の面や決定的な不妊治療薬がないなどの問題を抱えている。この野生馬の管理はUS Bureau of Land Management(BLM)が行っている。1970年代からこの過剰繁殖対策をやってきているが費用は年間7,400万ドルにも達している。捕獲して収容している野生馬は49,000頭になってる。この数は年々増加している。年間で5700頭が捕獲されているが、里親が見つかって施設を出て行く馬は僅か2600頭で、施設の収容限界50,000頭に僅かな余裕しかない。