昨日の新聞の記事のタイトルである。
イネの伝来と共に日本に入ってきたと思われてきたゴクゾウムシが縄文前期の土器の圧痕として多数見つかっている。
この発見は北海道の館崎遺跡、青森県の三内丸山遺跡、熊本の役所田遺跡と日本の広い範囲の遺跡に及んでいる。
ゴクゾウムシは当時栽培されていた栗を食料としていた。
土器に圧痕として見つかったゴクゾウムシ。縄文人が意図的の土器製作の過程でいれたのであろうか?
昨日の新聞の記事のタイトルである。
イネの伝来と共に日本に入ってきたと思われてきたゴクゾウムシが縄文前期の土器の圧痕として多数見つかっている。
この発見は北海道の館崎遺跡、青森県の三内丸山遺跡、熊本の役所田遺跡と日本の広い範囲の遺跡に及んでいる。
ゴクゾウムシは当時栽培されていた栗を食料としていた。
土器に圧痕として見つかったゴクゾウムシ。縄文人が意図的の土器製作の過程でいれたのであろうか?
これも「蕪村俳句集」(尾形 仂校注)に収録されている蕪村の句である。校注に「冬至ー今日こう(米粉・小麦粉をねって蒸して作ったむしもち)を製し家人奴僕等に与え陽復を賀すべし(日本歳時記)」とある。そんな雰囲気の句かもしれない。
今日は冬至である。
明日は冬至である。台所を見たら小豆が用意されていたので蕪村の句を思い出した。
この句は薮入り(旧1月16日前後)という言葉で引き起こされた詩情を句にしたものである。「蕪村俳句集」(尾形 仂校注)では「春之部」になっている。
台所に用意されていた小豆は「冬至かぼちゃ」に使うためだ。冬至は日本の太陽太陰暦では一年の長さを決める重要な日であり、多くの行事があったはずだが、僅かに妙見信仰の星祭りが残っているにすぎない。
「中世の非人と遊女」(網野善彦著)によれば中世の非人は天皇や神社の直轄下にあり社会的には「聖」なる特別な階層であったが、南北朝時代を境に天皇の権力が失墜するに従い中世後期には特別な階層ゆえに社会的蔑視の対象になった。
何故に非人に対するこのような180度変わった社会的な見方が現れたのであろうか?
「山椒大夫」などの説経節からもわかるように日本の中世は「奴隷制」の社会であったが、武士の権力が強くなった中世後期から封建制に移行したと考えられている。非人に対する180度の見方変化もこの時期である。この一致は何か意味があるのかもしれない。
今朝の新聞の記事のタイトルである。
ハイキングが心地よいと感ずるのは歩いているとき鳥の鳴き声を聞くからかもしれない。
米カリフォルニア州立工科大学の研究者たちの結果である。
ロッキー山脈の麓にあるコロラド州ボルダーのハイキングコースに人目につかないようにスピカーを設置し鳥の鳴き声を流した。この鳴き声を聞いた人々とそうでないグループの比較をした。結果は鳥の鳴き声を聞いて歩いた人たちの方が心地よかったと答えた割合が多かった。
ハイキングもそうだろうが散歩のときもラジオや音楽をイヤホーンで聞かずに自然の音を楽しむ方がよい。
「日本の音」(小泉文夫著)によれば日本の音階の解析には「テトラコルド」という考え方が有効である。この概念は古典ギリシャで音楽の解析に用いらたものだ。
楽曲には主音が一つあるが、この主音に対して完全四度または完全五度離れた音を核音という。これらの核音は主音に対して協和的な音である。これらの主になる音の二つを選びこの枠内に中間の音を二つ配置する。この四音(テトラ)を一つのセットとして音階を再構成する。これが「テトラコルド」という考え方である。日本の楽曲にこの考え方を適用する。ただし中間の音は二つでなく一つである。
主音はニの音でこれとペアーを組む核音はこれから完全四度高いトの音である。中間音は主音から短3度高い音、これらでテトラコルドを構成する。これを重ねると民謡・わらべうたの音階になる。音階は
主音はハの音である。核音は完全四度高いヘである。中間音は主音から短2度高い音。これを重ねると都節の音階になる。音階は
都節と同じである。だだし中間音は主音より長2度高い音である。音階は
民謡・わらべうたの音階と同じである。ただし中間音は主音より長3度高い音である。音階は
この四つが日本の音階である。
「日本の音」(小泉文夫著)の中で日本の音階について詳しく解説されているので纏めておく。
「三分損益法」は楽音の作りかたである:
一本の弦があるとする。この弦が出す音が基本音である。この弦の半分のところを押さえて鳴らすと基本音よりオクターブ高い音が作れる。この基本音とオクターブ高い音の間に音を配置する方法が「三分損益法」である。
このような手続きを13まで続けると13で基本弦の長さの半分(厳密には半分は作れない)の長さの弦が作れる。これが基本音に対してオクターブ高い音になる。結果を表にすると以下になる。
1 1
2 0.6667 #2/3
3 0.8889 #(2/3)**2*2
4 0.5925 #(2/3)**3*2
5 0.7901 #(2/3)**4*(2**2)
6 0.5264 #(2/3)**5*(2**2)
7 0.7023 #(2/3)**6*(2**3)
8 0.9364 #(2/3)**7*(2**3)*2
9 0.7242 #(2/3)**8*(2**4)
10 0.8324 #(2/3)**9*(2**4)*2
11 0.5549 #(2/3)**10*(2**5)
12 0.7398 #(2/3)**11*(2**5)*2
13 0.4932 #(2/3)**12*(2**6)
長さをグラフにすると:
弦の出す音の振動数は弦の長さの逆数であるのでこれで基本音とそのオクターブ高い音の間の12個の音が作れる(十二律)。
基本音をニの音としてこれらの音を五線譜上の近い音のオタマジャクシで表現するとこのようになる:
日本で用いられる音階は五音音階である。だから十二律の音の五音が使われる訳である。「日本の音」(小泉文夫著)によれば典型的には四の使い方がある。それらは民謡・わらべうたの音階、都節の音階、筝の音階、そして沖縄の音階である。
直前のブログで吉良上野介義央(よしひさ)の私的な書状公開の話を書いたが、「元禄忠臣蔵」=「赤穂浪士事件」そのものが塩の争いが遠因にあるという話である。
「日本古街道深訪」(泉 秀樹著)によれば現在の愛知県幡豆(はず)郡吉良(きら)町には嘗ては大きな塩田があった。その一つ「富好塩田」を開発したのは吉良上野介義央であった。そこで作られた塩は「饗場(あえば)塩」といった。この塩はにがりが多い「差塩(さししお)」であった。一方赤穂藩も塩の産地でこちらは純度の高い「真塩(ましお)」を生産した。この塩を巡る争いが事件の底辺にあるという。
それにしても、そもそも赤穂浪士たちが「殿のかたき」としなければならなかったのは「殿中事件」に対して不当判定を下した幕府首脳であったはず。不思議な事件である。
今朝の新聞のタイトルである。
愛知県西尾市の博物館「岩瀬文庫」で吉良上野介義央(よしひさ)が娘(つる姫)に宛てた書状が公開されている。
文庫の説明文には
「義央の実像について再考のきっかけになればと願い、毎歳忌(まいさいき/赤穂浪士の襲撃で命を落とした吉良義央の命日法要。12月14日に菩提寺の華蔵寺でいとなまれる)にあわせて特別公開します。幕府の能吏でも芝居の憎まれ役でもない、ただ娘や家族を思う一人の父の姿をご高覧いただけましたら幸甚です。」
とある。
今朝の新聞の記事のタイトルである。
ネパールと中国の国境に聳える世界最高峰エベレスト(中国名チョモランマ)の標高が8848.86メートトルであると両国の合同の調査団が発表した。